オーストリア人陶芸家「ユアン・クレイグ」の人生の決断とは?

 

陶芸の里・栃木県は益子。窯元の数は400ほどあるそうで、そのうち外国人陶芸家が20人ほど居るという。

 

その中でも、注目を集めている陶芸家がいる。

 

オーストラリア人の、

ユアン・クレイグさん。

 

割烹・レストランなど様々なところでコラボレーションしており、個展・展示会を数多く開いており、その活躍ぶりは一目瞭然だ。

 

 

また、クレイグさんは人間国宝(重要無形文化財保持者)になった陶芸家・濱田庄司さんから認められた方としても有名だ。

 

 

クレイグさんは、認められたことについて喜びのコメントをしている。

 

<コメント>

「オーストラリアから来て、20年間益子で活動を続け、日本の作家として、同業者として、国籍に関係なく認めてもらって、うれしかった」と述べている。

 

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<人生の決断>

オーストラリアの首都・メルボルンに生まれたクレイグさん。そんな彼が陶芸と出会ったのは14歳の時。

 

ベンディゴという街に引っ越したことが運命だったようです。ベンディゴという街は150年もの歴史がある陶芸の街だったのです。そして、偶然通った中学校に陶芸のスタジオがあったそうです。

 

そのような環境の中、学年で授業を決めるときクレイグさんは将来どんな仕事に就き、どんな人間になりたいかと考えたそうです。

 

この大人のような考え方になったのは、幼い頃の人生にあったようだ。8歳のときに12歳だった姉が倒れ、脳に障害が出てしまい、家族は姉中心に動かなければならなくなった。さらに、父親が病気になり心臓を手術。闘病の末、亡くなった。

 

また、クレイグさん自身、小さなころから小児ぜんそくで体が弱かったそうで、医者に上半身を鍛えないとダメだと言われていたという。しかし、スポーツは得意な方ではないし、競争は好きじゃないクレイグさんは、仕事で体を鍛え、退職せずに一生好きな仕事を続けられるように、「やりたいこと」をリストアップした。

 

そこで多くの仕事を考えたが、やりたい事が有りすぎて結論が出なかったが、自身のやりたい事、化学、美術、哲学、物を作る、文章も書く、料理、写真など、これらを同時に考えられる仕事が陶芸家という道だったそうです。

 

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<極めし者>

クレイグさんの陶芸家として実力は凄まじい。

 

日本の伝統である「用の美」を極め、その究極の作品で世界の陶芸家を魅了し続けている。

 

最後に、クレイグさんは「自分らしい作品」を作り続けると言われており、これからの究極作品が楽しみです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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