チャップリンが信頼をしていた付き人「高野 虎市」とは!?

高野 虎市(こうの とらいち)故86歳
1885年~1971年

 

この方ご存じだろうか??

 

あの、喜劇王チャールズ・チャップリンの秘書・マネージャーを務めた有名な方なんです。

どんな方?

広島の裕福な家庭に生まれる。その後1900年、15歳のときに移民としてアメリカに渡った。当初は安定的な職もなく従兄弟を頼りに暮らしながら、雑貨店などで働きながら現地の学校に通っていた。

その後、彼の運命を変える日がやってくる。
1916年にチャップリンが運転手を募集していたところに行き採用された。

高橋氏自身、チャップリンのファンでもなく仕事探しの一環だった。
チャップリンも日本人を求めていたわけでもない。

当初は運転手としての雇用だったのだが、高野の仕事ぶりに感銘を受け、後にチャップリン邸の秘書となる。
チャップリンは高野の仕事に対する一途な姿勢に心打たれたという。
余談ではあるが、一時期チャップリン邸の使用人全てを日本人にしたらしい。

高橋氏は運転手に始まり、1934年までチャップリンの元で秘書を務めたが、

ある日、チャップリンの当時の(内縁の?)妻ポーレットの浪費癖を指摘。

これにポーレットが激怒。自分を取るか、ポーレットを取るかとチャップリンに迫ったそうだ。

それを知り、高野氏は自ら辞任した。
この辞任について、一説にはポーレットが日本人に差別意識を持っていたとか、ポーレットに押し切られた事によって解雇されたという事も言われているが、その事実は無い。

その後、チャップリンの方から再度秘書になってもらえるようアプローチを試みるも実現することはなかった。

理由として、元々秘書からの引退を考えていたんだとか。

 

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高橋氏のその後は?

 

チャップリンより、莫大な退職金とアメリカの映画配給会社ユナイテッド・アーティスツ社の日本支社長の地位を用意されていた。

 

しかし、映画会社での権利は、日本での作品上映に当たる代理店としての権利だったため海外での生活が長い高橋氏は日本の興行習慣に馴染まなかったのか長続きはしなかった。

その後も、いくつかの事業を試みるがいずれも成功しなかったそうだ。

 

そんな中、高橋氏は後にアメリカに逮捕される。

 

1941年6月の事。
日本軍のスパイ容疑でFBIに逮捕される。

時は、そう「第二次世界大戦」前。

これを受け日米双方の緊張が高まっていたと思われる。
容疑としては、高野と面識のあったアメリカ人俳優から日本海軍の士官との面会を依頼されて取り次いだ際に、アメリカ海軍の機密情報を渡したという容疑。

この容疑、実は罠だった。この俳優はFBIのオトリであり、実際にはそのような事実はなかったんです。

 

また、日米開戦後には日系人の一人として強制収容所に収容された。

しかしながら高野は「特に親米的な日本人」として待遇も良かったと言われている。

だが、日本の敗戦後も収容が引き続き継続され、約6年間の抑留を経て釈放。

戦争終結から3年後の1948年8月のことであったとされている。

 

<まとめ>

高橋氏は、まさに日本人の鏡のような存在。海外の地で「日本」を広めてくれた方だと思う。やはり、日本人の真面目で一生懸命な姿勢に心打たれたんでしょう(^^)

チャップリンという世界的スターをも魅了する力を持っているんですから🎶
私たちにも、ひょっとすると潜在的に「日本魂」みたいなものが備わっているのかも・・・

日本であれ、海外であれ、高橋氏みたいに「日本の良さを伝えれる人」に私を含め皆さんもなれるように頑張っていきましょう!!

 

最後まで読んでいただきありがとうございました(^^)/

 

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