日本の犬ぞり隊で有名なのは?あの奇跡の生存と呼ばれた犬達だった!?

雪が多い地域や極寒の地方などで古来より用いられてきた犬ぞり。その歴史は古く、およそ4000年前に北極圏にすむイヌイットが移動や物を運ぶ手段として使用したのが始まりと言われる中、3万年以上昔からモンゴルでは存在していたと言われています。ですが、日本でのイメージというより、海外のイメージがどおしても強いものですが、実は日本にも聞くと「あっ!」と言うような有名な犬ぞり隊が実在したのをご存知でしょうか?

 

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<日本で有名な犬ぞり隊>

おそらくではあるが、最も有名な犬ぞり隊と言われているのは、総勢53名の第1次南極観測隊と樺太犬タロ、ジロを含む22頭ではないだろうか。

 

※タロとジロは(「タロウとジロウ」、あるいは「タローとジロー」とも呼ばれている。

 

なぜ有名なのかと言うと、後に「奇跡の生存」と語り継がれることとなるタロとジロの奇跡がそうさせている。

 

 

<奇跡の生存>

1956年(昭和31年)の11月に第1次南極観測隊が南極へ出発、後に無事「昭和基地」へ到着。その後、1957年(昭和32年)12月に昭和基地にいる第1次隊員と入れ替わって越冬するため、宗谷は第2次越冬隊が南極付近に到着。しかし、例年稀にみる悪天候にみまわれ、昭和基地には到着できなかった。しかし、第二次・第一次隊員らは共に最善の策を考え試行錯誤したが、1958年2月24日、南極本部より第二次越冬・本観測を放棄せよとの命令が下り、計画を断念し、第2次越冬隊の派遣は断念された。それとともに15頭の犬の救出も見送られ、残された犬達の生存は絶望視された。この犬を置き去りにしたことにより、観測隊は激しい非難を浴びることとなったが、隊員たちの心のうちは言わないでも分かるだろう。

 

1959年(昭和34年)1月14日、第3次越冬隊のヘリコプターにより、上空から昭和基地に2頭の犬が生存していることが確認される。そう、この二頭がタロとジロだ。残念だが、他の樺太犬は基地の中で7頭の犬が首輪につながれたまま息絶えており、他の6頭の消息は知れなかった。

 

・どうやって生き延びた?

犬の食料を食べたり、死んだ犬(共食い)をした痕跡はなかったという。第三次隊の北村氏の見解を参考にすると、どうやらアザラシの糞やペンギンを食べて生き延びていた可能性が高いと言う。実際に北村氏らは3次隊越冬の際、タロとジロが2頭でアザラシに襲いかかる所や食料を貯蔵する所を目撃している。そうやって、犬達で一年もの長い期間、懸命に生きて最後に二頭が生存し続けたということは奇跡と言えるでしょう。

 

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<犬と人間>

多くの動物と触れ合う私たち人間。その中でも「犬」は昔からペットなどとして重宝してきた生き物。現代でもそうだが、家族同然と考える人がほとんどでしょう。それだけ、犬には不思議な力があり、また、人間も支えられている。そう考えると、放棄の命令が出た時の隊員たちの心は耐え難いものだったでしょう。

 

あなたは、動物を飼っていますか?

 

一部ではペットを捨てたり虐待したりといった事があると聞きます。どんな命であれ、命の大切さを知っておきましょう。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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